別府中学校 武道場
稽古日 稽古時間 対象
水曜日 19:00 ~ 19:50 年少部・一般部
20:00 ~ 21:00 一般部
土曜日 19:00 ~ 19:50 年少部・一般部
20:00 ~ 21:00 一般部


2017年03月16日

膝行 ~苦手だからやらないではダメ~

現代人にはなじみのない正座したままの状態で前進する動き。
苦手だと言われる方の多くは、一歩の歩幅が広く、
前傾姿勢になっています。
目線も前ではなく、下を見つめています。
子供には特によく見られる姿です。

こうなると膝や親指に体重が集中するので、
次第に痛みが強くなります。
胸をはり、尻・胴・頭が踵の上に載るような姿勢が理想です。
移動する際も膝をできるだけ畳から離さず、
頭が上がり下がりしないように心掛けると良いかもしれません。
膝行においても早く動けることは素晴らしいことだと思いますが、
それよりも、膝行しやすい自分の姿勢を意識することの方が、
まずは大切だろうと思います。

膝行は道場だけてなく、家庭でも稽古できることの一つです。
どのようなことでもそうだと思いますが、
道場での稽古だけで上手くなることは難しいです。
稽古量=上達度。この方程式は間違っていないと思います。
少しでも上手くなっていきたいと考えるのであれば、
家でもできることは自らやるべきだろうと考えます。

膝行は座技の基本。
私的には、膝を痛める危険があるからといって、
膝行や座技を全面的に行なわないのは宜しくないと思っています。
「誰でも親しめる合気道」と表現すると印象は良いですが、
習う側の都合にすべてを合わせていては、
合気道ではなくなってしまいます。
「郷に入っては郷に従え」。まずはそれがエチケットでしょう。
言われたようにまずはやってみる。出来なければ工夫する。
人よりも多く稽古する。これに尽きます。

ただし、膝や足に支障がある方、高い年齢層の方は、
体調等に配慮してサポーターを使用したり、
座技はせずに同じ技を立技で行う等、
ご自分でも対策をして頂ければと思います。  


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2017年01月20日

動きはじめる場所

日々の稽古の中で相手に力強く握られた際、
どうしてもその部分に反応してしまいがちです。
こうなると力同士がぶつかり合って動けなくなってしまいます。

こんなときは動き方を変える必要があります!
簡単な実験を稽古仲間とやってみると分かりやすいと思います。

木剣を持って相手に構えてもらいます。
そして束に近い場所をこちらも握り、斜め下に強く押し込みます。
ほとんど相手の姿勢は崩れないと思います。
また、相手に動かそうとしていることがバレてしまいます。

次に、木剣の先端を持って同様に押し込みます。
今回は簡単に相手の姿勢が崩れるはずです。

では、木剣を自分の腕とした場合、
束近くに相当する手首は相手に強く握られ、
動かせないことが想像できると思います。

一方、木剣の先端に相当する肩付近から動かすと、
握ったところから遠いことで相手に感知されにくく、
自身も動きやすくなったことに気づくはずです。

強く持たれても、その部分のことは忘れて捨ててしまいましょう!
  


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2016年12月08日

茶道にみる共通点

どのような武道にせよ、元々は型稽古であったと考えられます。
本来は人を殺傷することを目的としてきた訳ですから、
殴り合っての稽古など出来るはずもありません。

現代人は型の稽古を嫌がる傾向にあるように思います。
型の一つ一つには、実に多くの意味合いが込められていますが、
もっと自由に技をしたいといった感じでしょうか。

先日、茶道の番組を見ていた時、ふと思いました。
「茶道も型を繰り返す型稽古だなぁ・・・」
表現は悪いですが、
かしこまらずにサッと入れてしまえば良い様な気がします。
しかし、そこには実に細かな作法があり、
その一つ一つを忠実に行います。
お客様が多ければ、繰り返し、繰り返し行います。
これは武道でいう「型の反復稽古」と同じ。
戦国の時代、織田信長も自らに従う武将達にも進めたという茶道。
どのような思惑があったのでしょう。

いずれにしても、共通点は「型」を繰り返すということ。
何も考えず、ただ身体の動きに集中する。
その集中から生じる「静寂」。
これは禅僧が実現する境地にも似ているのではないでしょうか?  


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2016年12月07日

もう12月

久しぶりの更新です!

今年も残すところあと僅か・・・早いものですね。
年内最後の稽古は17日(土)です。
例年よりも少し早いのでご注意願います。

新年3月19日には春の昇段級審査が待っています!
次回、審査を受けられる皆さん、あまり時間がありません。
特に昇段を目指す方、年明け以降は審査モードでいきましょう!  


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2016年05月19日

二つの利点

最近、お子さんと一緒に入門される女性が二組も増えました!
親子で入門することの利点は、二つあると思います。
一つは、お家でも復習が出来ること。
「こうだったっけ?」 「違うよ、こうだよ」
相手が居ないとなかなか難しい合気道にとって、
稽古相手が居るということは何とも有り難いことです。

もう一つの利点は、共通の話題が出来ること。
ゲームやテレビに一生懸命になる子供達。
共働きという環境も相俟って、会話も少なくなるものです。
しかし、共通の話題があると多少違います。
また、緊張感をもって挑む審査では、
親の立場としては自分なりに頑張っている姿、
真剣な姿を垣間見せることになります。
日常生活ではそのような場面はあまり無いものです。
普段とは違う姿を見せることも、良い印象として子供には映るのではないでしょうか。

大人も子供も、人前で注目されながら何かをすることは嫌がるものです。
しかし、慣れれば良い意味で緊張感を持てるようになります。
また、仮にイジメにあってしまうような大人しい性格であったとしても、
自信がつけばすべては変わります。
これらは、いずれ社会に出て人前で話さなければならない時、
様々な出来事や人間に出会っていく中においても有効です。
体力と気力の充実。成人後への投資です!

保護者の皆さんも、一緒に稽古されてはいかがですか?
同じ過ぎて行く時間なら、ただ見ているだけ、
車に戻ってスマホを触っているよりも有意義な時間を過ごせますよ!  


Posted by 兵庫合気会 加古川道場 at 10:52Comments(0)

2015年09月24日

武器に触れる

恒例の審査が終わりました。
自身が審査を受けない時も、色々と反省点はあるものです。
「見取り稽古」とはよく言ったものだと思います。

今回は、武器に頻繁に触れない状況下において、
審査が近くなった時にだけ武器術を稽古するという傾向は、
武道家の端くれとして如何なものかということでした。
やはり普段から触れておかないと、
いざ審査となっても見劣りのする内容となります。

短刀はもちろん、木剣での素振り、
可能であれば木剣での打ち合い程度は経験しておかないと、
特に太刀取りの感覚などは到底養えないだろうと思います。

審査では、斬りかかる方はかなりの手加減をしています。
本来、武器を持った人間の間合いには、そう容易くは入れません。
日々の稽古の中でも、
届かない攻撃や遅いスピードで日々の稽古を続けていると、
武器術となった際には、
ほとんどが刺されるか斬られた後に動くことになってしまいます。

また、太刀取りにせよ、短刀取りにせよ、
刃の部分を素手で握ってしまう方をちらほら見かけます。
せめて初段以降は、現実的な稽古をしておきたいものです。

私自身を含め、身に迫る危険が発生した時、
自他を守れるかどうか静観してみる必要があるように思います。  


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2015年09月01日

質よりも量

またまた審査の時期がやってきました。
あっという間に半年が過ぎますね。

審査を受けられる方々は、出来る努力だけはしておきましょう。
誰もが反省点は残るものですが、
やれるだけのことをしていれば潔さが残ります。
出来ることをしていなければ後悔が残ります。

級にせよ、段にせよ、
その審査を通ったからと言って、
急に技が上手くなるわけではありません。
むしろ新しいスタート位置に立つと言ったほうが良いでしょう。

何よりも普段の稽古以上のモノは出ません。
ある程度のステージに至るまでは「質よりも量」だと思っています。
頑張りましょうアップ   


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2015年04月30日

主だった行事のご案内

本日は、兵庫合気会の今後の主だった行事をお知らせします。

7月5日   合気道少年少女錬成大会
        時間:10時~11時30分
        場所:兵庫県立武道館

9月6日   秋季錬成大会・昇段級審査
        時間:13時~17時
        場所:兵庫県立武道館

10月12日 兵庫合気会創立28周年記念演武大会
        時間:10時30分~12時
        場所:兵庫県立武道館

お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、
以降、兵庫合気会の主だった行事は、
兵庫県立武道館にて行われる予定です。

行事内容によっては、
従来使用していたスポーツ会館を使用することもあり得ますが、
原則的には兵庫県立武道館になるとお考えください。
審査当日等は、特にお間違いのないようにお願いします。

すでに秋の審査日程は決定しています。
前回の審査における反省を活かし、稽古に励みましょう!
  


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2015年04月20日

華麗な動きと弱くなった攻撃

一般の方が受ける合気道の印象は、
攻撃を流して捌く華麗な動きなのだろうと思います。

合気道は「受け」と「取り」の相対動作により稽古しますが、
華麗な技へと変貌を遂げると共に、
受けによる攻撃までもが弱いものになっています。

私達は毎日何気なく歩いている訳ですが、
歩いていれば足が速く成るでしょうか?
速く走れるように練習しないと難しいですよね。
ゆっくりした攻撃に対する稽古ばかりしていても、
それ以上の効果はありません。
ただし、初心者には必要なことではあります。

せめて上級者の稽古では、
攻撃はある程度早く、気を入れて行いたいものです。
そして「受け」からは一打目で終わらず、
必ず次の攻撃が来るものと想定したいものです。
単に手を掴みに来る、肩を掴みに来るだけの人間など居ません。
護身術という観点から考えても、
そのように意識することが必要だと思います。  


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2015年03月19日

「悩み」というアイテム

皆さんは日頃の稽古や審査に対応していくの中で、
何か「悩み」を持たれていますか?
おそらく大半の方が持たれていると思います。
特にその時点での集大成となる審査に際しては、
尚更のことでしょう。

武道には武術的な面が当然に含まれています。
なので技術的なところに目が奪われがちです。
でも本当は個々に持つ「悩み」、
言い換えるならば『自分自身』にこそ、
焦点を合わせるべきなのでしょう。
今の自分の「悩み」と向き合いこれを乗り越える、
乗り越えようとする。
その葛藤が大切なのだと思います。

例えば、自身の上達が遅いと思われていたとしましょう。
しかし、それは気にすべき事ではありません。
上達が早い人が居たとして、
それは見えない所で努力しているからかも知れません。
それならば上達が早くても当たり前ですね。
不思議なことでも何でもありません。
誰でも頑張ればそれだけの反映はあります。

誰もが抱える「悩み」の中身を誰かと比較する必要はなく、
それぞれに持つ今の「悩み」こそが、
今の自分が対峙すべきモノです。

「他人に勝つ」ことではなく、
「自分に勝つ」ことこそが武道本来のあり方。
よく言われがちなことですが、
それが今になって自然に受け入れられる気がします。
悩めば悩むほど、
技にも気迫が備わってくるのではないでしょうか?
それだけ超・真剣ということですから。

おおいに悩み、おおいに動きましょう。
どれだけ悩んでも動きが伴わないのはいけません。  


Posted by 兵庫合気会 加古川道場 at 14:56Comments(0)

2015年01月23日

岡本正剛氏 ご逝去

合気道の源流とも伝えられる大東流合気柔術。
その中で六方会を主宰され、
知られざる古武術の一流派であった大東流を世に送り出し、
現代最後の伝説の人と言える岡本正剛氏がご逝去されました。


多くの書籍や映像作品、
そして映画『AIKI』における主人公の師のモデルとなるなど、
大東流合気柔術のみならず、
日本古武術界に多大な業績を残されました。
ご冥福をお祈りします。

お酒がお好きで、昔は講習会の合間にも飲まれていたとか。
体調を損なわれた後も頻繁には会えない地方会員のために、
無理を押して全国にある支部地域を周られていたと聞きます。
享年89歳。
同じ武道の世界に居るものとして頭が下がる思いがします。

大きな宝をまた一つ世界は失いました。  


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2014年09月16日

審査を終えて思うこと

14日に昇段級審査が終わりました。
審査を受けられた方も、受けとして貢献された方も、
大変ご苦労様でした。

審査をひとつ経過する度、
受けをとってくれる人が居る有り難さを感じます。

さて、今回の審査を見ていて感じたのは、
人の心が現われるということでした。
稽古不足からくる不安、緊張からの動揺といった心の動きが、
ある種の雰囲気としてその人の印象に影響しているようです。

自信の無さや不安、それは誰にでも付き物です。
これを凌駕するには普段の稽古の積み重ね、
不安材料を徹底的に潰すしかありません。

特に座技の稽古不足を感じました。
これは子供に限ったことでは無く、大人も同様です。
受け止めてから捌く、あるいは受け止めてから動くという、
「達人技」をする方が多かったです(苦笑)
それをしていなかったのは当道場から初段を受けられた1名のみ。

子供や家族が審査を受けるからと、
観覧席で見ておられる未経験者の方々が、
見ていてつまらないと思うようではいけません。
身を引き締めて挑みましょう。  


Posted by 兵庫合気会 加古川道場 at 16:39Comments(4)

2014年08月20日

朱に交われば赤くなる

この時期になるといつも審査の話題になりますが、
審査が大切なのではなく、日々の稽古の方が何倍も大切です。

私は出来る子には少し目を掛けます。
出来ない子には教えます。
やる気も無い子には怒ります。

これを不公平だと思いますか? 私は思いません。
やる気のない子はどれだけやっても上手くはなっていません。
そして、そのような子は他の子供達にも悪い影響を与えます。
ベラベラと話す、やっているフリをする、など。

これでは出来る子の稽古になりません。
仮に出来る子、出来なくてもやる気のある子がたくさん居て、
やる気の無い子が少数であった場合、
次第に稽古の雰囲気は正されると考えます。

「ちゃんと持ってよ!」、「ちゃんと稽古しろよ!」

そんな子供の声が稽古の中で時折聞こえてくることがあります。
まだ望みはあるようです。

つまり、「朱に交われば赤くなる」ということ。
一面だけを捉えれば、差別しているようにも見えますが、
全員がやる気の無い子にならなくするためには、
区別することも必要です。

審査には、日々の稽古で頑張った分しか現れません。
私は審査の結果などよりも内容を重視します。
極端に言えば、
審査よりも日々の稽古態度を重視すると言っても良いです。

稽古性の中には、段位だけが欲しい人も居るのでしょう。
しかし、そんな人が持つ賞状など、たかが紙切れです。
何の価値もありません。

正しく流した汗の分だけは、必ず身に成ります。
現時点での最高ではなく、全力を見たいものです。
審査を終えて、息も上がっていないような人は、
私の中ではその時点で不合格です。  


Posted by 兵庫合気会 加古川道場 at 13:51Comments(0)

2014年05月07日

攻撃の弱さ=集中力の欠如(?)

合気道は「当て身が七割」といわれています。
ところが、多くの道場では攻撃の指導があまりされないようです。

ふと思ったのですが、
仕手が痛くもなく、鋭くもない攻撃をする場合、
攻撃する側としても集中力を欠くことになっているのではないか?

また、受けも怪我をすることは無いと知っているので、
防御する癖も付かず、
ただボーっと無防備で立ってしまうことになるのではないか?

子供達を見ているとそのような印象を持ちます。
稽古生の中でどれだけの人が、顔面ガードを癖にしているでしょう?
そのような緊張感の欠如が、
稽古に必要な集中力をも削いでいるように感じます。

当て身について、
故・斉藤守弘師範は常々、次のように言われていたといいます。

「巻き藁程度は、突かないとね。」

この位は当たり前として練習しておかないと、
当て身の効果は期待できないということでしょう。
また、武道を志す者としては、
その程度の気構えが必要だということなのでしょう。  


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2014年04月29日

分かる者には分かる Ⅱ

「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に活かせ。」
  
        by ルートヴィヒ・グットマン(パラリンピック創始者)

  


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2014年04月29日

分かる者には分かる

どのような状況であれ 

必死に生きようとする 何とかしようとすることが美しい

因果応報 すべては自身の良心が判断するでしょう

これより逃れる術はなし


「驕れる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし」  


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2014年04月25日

自分を知る

このところあらためて思うのは、大人・子供の隔たりなく、
何事も本人の心持ちが大切だということです。

日々の稽古には他の物事と同様に逃げ道があります。
次の稽古があるから、審査が終わったから、
今日は疲れているから、勉強が大変だったから、等々。

稽古はそのような自分を見つめる良い機会も与えてくれます。
身体の不調は仕方ありません。
やっただけのものしか自分には返って来ないのですから、
稽古を手抜きしてやるくらいであれば、
最初から来ない方がマシです。

級のうちに基本を徹底的にやったほうが良いことは、
大人も子供にも共通する最重要事項です。
しかし、手取り足取りの助言はやめようかなと考え始めています。
何故、うまく出来ないのか? 自分で悩むことが大切ですから。

そのうえで、自分から聞いてくるようになれば、
その理解度に合わせて助言すればいいのかなと。
子供には難しいことですが、意味のあるものにするためには、
たまにはそのようであって欲しいものです。
せめて上級者は。

基本が出来ていない人に次々と新たなことを教えても、
一見すると出来ているように見えますが、実態はただ馴れただけ。
子供の上級者を見ていて時々そう思います。
大人も同じです。基本的なものが熟成する必要があります。
特に考える頭を持つ大人になると、
情報で混乱しているようにも見えます。

審査の稽古が始まるまで難しい指導はせずに静観しておく。
そこで出来ていない自分に焦るのも良いことだと思います。
所詮、日々の修練度合いに相応したことしか出来ない訳ですから、
前で個々に審査項目を行った際、
格好悪いな、恥ずかしいなと思えばいいです。
他人の目が気になるということは、
自分が出来ていないと分かっている証拠ですから、
それもまた良い経験です。

日々の稽古は時間が来れば終わります。当然です。
でもその稽古時間は、
あなたにとって何かを得て終わったのでしょうか?
それとも、まぁ次もあるからと終わらせたのでしょうか?

私は、自らを何とかしようとする人は、
何とかしようとする自分自身に助けられる、
そんなふうに思っています。

  


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2014年04月18日

合気道の戦闘理論

合気道には試合がありません。
したがって、現代ではある意味で異彩を放っていると言えます。

そして今思うのは、
弐段から徐々に合気道本来の修練が始まるのだなということです。

それは武器を奪う術、
そして多人数を相手にして戦う術が含まれるということです。

初期の合気道には、
総合格闘技のような技が多く含まれていたと聞きます。
ですが、今はそのような技は見られません。

蹴りはバランスを崩しやすいから無くなった。確かにその通りです。
しかし、弐段で学ぶべき内容を考えてゆくと、
蹴り技や寝技が減少してゆくことが自然であることを再認識します。
多人数を想定すれば、それが普通です。

一般の方からすれば、
受けが勝手に飛んでいるように見える多人数を相手にした動き。
実はその中に合気道の戦闘理論が存在します。

合気道を学ぶ者としてはその辺りを意識して、
受けが勝手に飛んでいるような状態は避けたいものです。
大変むつかしいことですが、自分のために難しいことをしたいですね。

初段はほんの基本を終えただけ。
弐段からが合気道1年生の始まりです。  


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2014年04月11日

闘えない武術

近年はインターネットの普及により、
著名人の講習会やセミナーの様子を見ることが出来ます。
断片的ではありますが、動く映像として見ることが出来ます。
有り難い事です。

しかし、中には精神世界論に終始した内容であったり、
単品の身体操作だけを取り上げて、
秘伝であるかのように説明している人も居ます。

個人的には、武道家が自らの門下生以外の人達に、
講習会やセミナーを開く段階で少し違和感を持ちます。
武道の習得というのはとても時間のかかるものであり、
生涯を通して学ぶような類のものです。
ゴールがどこにあるのかも分かりません。

そんなゴールの無い武道の世界では、すべての者が修行者です。
にもかかわらず、
すでに完成したかのように部外者に対しても指導する。
普通、門下生以外には教えませんよ!
知りたければ入門しなさいで済みます。
だから、どうしても商売に見えてしまうのです目

武道は『護身術』として捉えられる傾向にあります。
つまり、自他を守るための手段です。
理論を説き、聞き慣れない単品の身体操作を伝えたところで、
どうやって身を守るのでしょう?

確かに、特異な身体操作には優秀なものもあるでしょう。
しかし、それで素人を驚かしたところで、
実用性の無い『闘えない武術』を広めているに過ぎません。
闘うことを想定していない動きを量産したところで、
武道本来の何が伝わるのでしょう?

無論、闘うことが武道の本質だとはいいませんが、
そのような視点から入ってこそ、
本来の武道たる姿に辿り着けるとのだと感じています。
自然と世に出た方々は、
門下生と共に懸命に稽古されているだけです。
他人に自身の修業の結晶である秘訣など教えません。

これから武道を学ぼうと思われている方は、
そのような点も考慮して入門を考えられると良いと思います。  


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2014年03月03日

停滞せず、変化する

間もなく昇段昇級審査が行われます。
どのような気迫のある技を見ることが出来るか楽しみですスマイル

ところで漠然となのですが、
二段、三段になると指導を受ける機会が少なくなるように思います。
確かに基本は初段まででマスターしているハズなので、
事細かに指導されることはないのかも知れません。
が、現代の二段・三段は、
武道の世界ではまだ初心者の域にいると感じています。
技の質もそうですが、武道的な側面においてもまだまだ・・・。
もちろん他人ごとではなく、自分自身への戒めを込めての話です。

段位が高くなると周囲も自然と一目置くので、
人によってはすっかりそういう気分に浸ってしまうのでは?
そうすると自分の至らなさ、小ささを知る機会がなくなります。
海外の同レベルの方々の稽古に混ざったとしたら、
はたして上手く出来るでしょうか?
身体も大きく力も強い、そして意外に素早い。

段位はそれまでの稽古、
修得内容にふさわしいものでありたいものです。

「これでいいのか?」
「もっとうまく出来ないのか?」
「昔の人達はどのようにやっていたのか?」


疑問は常に生じていきます。
そしてこの疑問は稽古をする中でしか解決できません!

不細工になろうとも、
今の持てる力の全てを注いだ審査になることを祈ります。
そして審査で出来なかったことを次の稽古から始めましょう。

開祖の言葉にこのようなものがあります。

「真の武道は一日も停滞せず、変化し、発展する」

片時も停滞することなく、常に流れ、変化し続ける。
それ故に保たれるのが合気の世界だということなのでしょう。  


Posted by 兵庫合気会 加古川道場 at 14:07Comments(0)