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2013年03月04日
~ 「構え」は「構え」ではない ~
普段の稽古から「指先を伸ばして構えをしっかり」と言われます。
ところが上段者になると構えていない人も多々・・・。
そういえば、どこかの本には「合気道には構えがない」とも書かれていたような・・・。
武道界ではその名を知らない人は居ないであろう養神館の故・塩田剛三先生も、
演武をされていても構えていません。
しかし、養神館には「構え」の稽古があります。
養神館の「構え」は、合気会系には独特な感じに映りますね。
あの独特な姿勢は、おそらく相手が掴んできたりする力に対し、
後足を地面にしっかり伸ばすことによって、
相手の力とのバランス(拮抗)を作りだしているように思います。
そのうえで、拮抗した力の方向を前膝によって変えているのでしょう。
違うかな
「構え」は姿勢を正しくし、正中線を意識することができるのは確かです。
しかし、不意に発生する闘いに際し、いちいち構えて準備する時間などはない。
養神館でもある時期までは腕を伸ばしたあの「構え」ではなかったといいます。
つまり、「構え」という言葉をそのままに捉えてしまうと、ある意味問題があるのかもしれません。
「構え」とは、普遍的な体の有り様を学ぶというのが正しいのかもしれません。
これから始まることに対して構えるのではなく、平常時からの体の有り様が「構え」なのでしょう。
「構え」の時にはちゃんと構えていても、型に入った途端に姿勢が崩れることが多いですよね。
これを戒めるのが「構え」という型なのかもしれません。
もちろん、日々の稽古の中においても有効な点はあります。それは相手との間合いです。
適切な湾曲を残して前方に差し出された空間はこちらの制空圏のようなものです。
攻める側からすると、邪魔なんですよねぇ~、その腕が。
だから本来は、かなり踏込み、回り込んで打つなり突かないと相手には当たらない。
よくよく自由技での状況を見てみると、
意外と届いていない攻撃をあえて捌いたりしているものです。
届いていないのだから本来は捌く必要もないのですけどね。
実際に届く距離で打たれると、かなり怖いですよ~。
それに普段の受け方やタイミングでは受けきれません。
自らの制空圏を保つという理解も大切ですし、
構えているから相手を攻撃という波に乗せて処理することが難しいという認識も大切。
見える「構え」と見えない「構え」。 いずれも重要なことですね
ところが上段者になると構えていない人も多々・・・。
そういえば、どこかの本には「合気道には構えがない」とも書かれていたような・・・。
武道界ではその名を知らない人は居ないであろう養神館の故・塩田剛三先生も、
演武をされていても構えていません。
しかし、養神館には「構え」の稽古があります。
養神館の「構え」は、合気会系には独特な感じに映りますね。
あの独特な姿勢は、おそらく相手が掴んできたりする力に対し、
後足を地面にしっかり伸ばすことによって、
相手の力とのバランス(拮抗)を作りだしているように思います。
そのうえで、拮抗した力の方向を前膝によって変えているのでしょう。
違うかな

「構え」は姿勢を正しくし、正中線を意識することができるのは確かです。
しかし、不意に発生する闘いに際し、いちいち構えて準備する時間などはない。
養神館でもある時期までは腕を伸ばしたあの「構え」ではなかったといいます。
つまり、「構え」という言葉をそのままに捉えてしまうと、ある意味問題があるのかもしれません。
「構え」とは、普遍的な体の有り様を学ぶというのが正しいのかもしれません。
これから始まることに対して構えるのではなく、平常時からの体の有り様が「構え」なのでしょう。
「構え」の時にはちゃんと構えていても、型に入った途端に姿勢が崩れることが多いですよね。
これを戒めるのが「構え」という型なのかもしれません。
もちろん、日々の稽古の中においても有効な点はあります。それは相手との間合いです。
適切な湾曲を残して前方に差し出された空間はこちらの制空圏のようなものです。
攻める側からすると、邪魔なんですよねぇ~、その腕が。
だから本来は、かなり踏込み、回り込んで打つなり突かないと相手には当たらない。
よくよく自由技での状況を見てみると、
意外と届いていない攻撃をあえて捌いたりしているものです。
届いていないのだから本来は捌く必要もないのですけどね。
実際に届く距離で打たれると、かなり怖いですよ~。
それに普段の受け方やタイミングでは受けきれません。
自らの制空圏を保つという理解も大切ですし、
構えているから相手を攻撃という波に乗せて処理することが難しいという認識も大切。
見える「構え」と見えない「構え」。 いずれも重要なことですね

Posted by 道場生 at 10:39│Comments(0)